アルコールと自殺

 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センターの松本俊彦氏は、7月3日に行われたシンポジウム「プライマリ・ケアに必要な断酒・節酒指導と地域連携」で、「アルコールと自殺」と題し講演、アルコールは自殺への距離を縮める重大な因子であることを強く主張した。
 わが国の自殺者が年間3万人を超え、大きな社会問題として認識されている。その背景因子として「うつ病」があることは周知されてきたが、「飲酒」と自殺の関係はあまり知られていない。実は、自殺既遂者の2割にアルコール問題が潜んでいるのだ。特に働き盛りの中高年男性においてその影響は大きい。海外の知見では、アルコール依存症患者は自殺リスクが60倍から120倍も高く、自殺者の15%から56%を占める。

「死は怖い」の壁取り去る

 アルコールの乱用や依存が自殺につながる理由は、3つある。

(1)負のライフイベント(離婚、失業、逮捕、身体疾患など)、

(2)精神状態の悪化(睡眠障害、うつ、薬物効果の減少など)、

(3)アルコールが持つ直接的な薬理作用(脱抑制や衝動性亢進、死への恐怖感の減弱、心理的視野狭窄など)。

加えて、うつ病の罹患自体がアルコール依存症罹患の危険因子でもある。

 2003年の厚生労働省研究報告を分析すると、いかにアルコールが自殺と関連しているかが読み取れる。大うつ病エピソードのある患者とアルコール問題を抱える患者で比較すると、「自殺を考えたことがある者(自殺念慮)」は大うつ病で19.4%、アルコール問題のある患者で16.7%と、うつ病にやや多いものの、さほど大きな違いはない。そこから1歩踏み込んで、「自殺の計画を立てたことのある者(自殺企図)」は両者とも8.3%で同等、さらに「自殺を実際に行った者(自殺完遂)」の割合となると、大うつ病で8.3%、アルコールで16.7%と、アルコール問題のある患者で数字が跳ね上がる。

注目すべきは、うつ病では自殺企図と自殺完遂の数値が同じ、アルコール問題では自殺念慮と自殺完遂の数値が同じであることだ。つまり、アルコール問題を抱える患者は、特に計画せず自殺念慮があるだけでも、酒の薬理作用により衝動的に自殺を遂行してしまうのだ。

「つらい時こそ酒は飲むな」

 これはアルコール依存症という「特殊な一群」のみに適用される話ではない。フィンランドでは、国民1人が毎日ビールをわずか50mL多く飲むようになるだけで、その年の男性の自殺死亡率が16%も上昇すると試算されている。

 松本氏は、3つの対策を提案する。

(1)追いつめられたときに酒を飲みながら考え込まないこと。飲みながらものを考えると自暴自棄的な結論が導かれやすく、連日の過量飲酒はうつを引き起こし、酔いによる衝動性の高まりが、自殺行動を促すことがある。したがって、落ち込んでいる人を飲みに誘って慰めることは逆効果になる可能性もある。

(2)眠れないなら、酒に頼らず専門医に相談すること。寝酒で寝られるように思えても、実際には睡眠の質は悪化しており、心の疲れはとれない

(3)酒は多くとも日本酒換算にして1日2合までに制限すること(できれば1合以下が望ましいが、自殺予防の観点からは1日2.5合からリスクが高くなるという報告があり、段階的に節酒を促すための暫定値としては有用である)。

 なお、自殺予防総合対策センターのホームページ「いきる」では、問題飲酒の簡易スクリーニング法(CAGE)をはじめ、一般に周知するためのポスターやパンフレットを公開している。