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弱さに同情

ヘブル4:14-16
さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭
司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の
告白を堅く保とうではありませんか。

私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありま
せん。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同
じように、試みに会われたのです。

ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて
、おりにかなった助けを受けるため、大胆に恵みの御座に近づ
こうではありませんか。

—–
主よ、どうしようもありませんでした。
わたしはいままでも弱かった。
これからも弱いのかもしれない。
どうしようもありません。

ただあなたの憐れみを受けるしかありません。

Last updated Mar 29, 2006 08:27:21 AM

うつ病の治療についてのNEJM総説2005を高校生と読む(2-2)

うつ病の治療についてのNEJM総説2005を高校生と読む(2-2)
以下、Tさんが「難しすぎる、意味が分からない」と直訳を放棄。翻訳のみ紹介。

Although no specific abnormalities in genes that control neurotransmitter or hormonal synthesis or release have been identified with certainty, both major depressive disorder and bipolar disorder are clearly heritable.19

翻訳 どの遺伝子が神経伝達物質やホルモン合成・放出を調整しているか明らかにされていないものの、大うつ病も双極性障害も、明白に遺伝性がある。

(2-5)そうですね。やはり部分的にはDNAの問題だと思います。

How a genetic predisposition interacts with adverse early-life experience to alter brain development and lead to major depression remains unclear.

翻訳 幼少期のつらい体験は脳の発達に影響し、大うつ病をひき起こすだろうと推定されるが、遺伝的傾向と幼少期のつらい体験はどのように相互作用しているのか、明らかにされていない。

(2-6)たとえば、PTSDやアダルトチルドレン、性的虐待の問題など。発育過程では、遺伝子と環境が密接に絡み合っているので、難しい。

Genes and srress are hypothesized to alter neuron size and the extent of neuronal processes, the production of new neurons,’and neural repair in major depression.

翻訳 仮説によれば、遺伝子とストレスによって、神経細胞のサイズが変わり、神経突起の伸び具合が変化し、新しい神経細胞の産生が制御され、大うつ病に際しての神経修復が支配される。

(2-7)具体的なイメージとしてはそうなるわけです。

Elevated cortisol levels, which characterize some moderate-to-severe depressive states, may be associated with a reduction in hippocampal volume,which appears to be proportional to the duration of untreated depression.20

直訳 副腎皮質ホルモン濃度が上昇すると、中等度から重症のうつ状態になるのだが、副腎皮質ホルモン濃度は海馬の体積の減少に関係している。海馬体積はうつ病の未治療期間に比例するように見える。

翻訳 うつ病未治療期間が長いと海馬体積は減少し、それに応じて副腎皮質ホルモン濃度は上昇する。その結果、中等度から重症のうつ状態が生じる。

(2-8)海馬体積の減少は、いい話題です。海馬という構造の、体積くらいしか測定できないのですから、研究が進まないのも無理はないと納得できますね。
たとえば、鶏肉と牛肉を比較する時に、重さや体積をはかるって、あまりにも原始的だと思います。

This process has been likened to a loss of neurons similar to that mediated by corticosteroids in animal models of stress 21 and as suggested by magnetic-resonance-imaging studies that have reported lower levels of N-acetylaspartate, a neuronal marker, in depression.22

翻訳 このプロセスは動物のストレスモデルにおける副腎皮質ホルモンによって制御されるプロセスでもある。その類推で、このプロセスは神経細胞の消失と関係づけて考えられてきた。また、うつ病では神経マーカーのひとつであるN-acetylaspartateの濃度が低くなると報告しているMRI研究があり、そのような研究によってもこのプロセスと神経細胞の消失の関連が示唆されている。

(2-9)ストレス→副腎皮質ホルモン→問題部分の神経細胞消失または機能停止。
これは分かりやすいストーリーですね。副腎皮質ホルモンはストレスホルモンと呼ばれることもありました。
ここでの反論としては、ストレスにさらされた場合、神経細胞消失という不可逆性の変化を刻印してしまうのは、生体にとってとても不利ではないかということ。一時的退却のために機能停止するというのなら合理的と考えられる。たとえば、「死んだふり」。

Major depression in response to stressful situations has been reported as more common among persons harboring a variant in the proximal 5′ regulatory region of the gene encoding the serotonin transporter protein (5-HTT) (the target of selectiveserotonin-reuptake inhibitors [SSRIs]) that modifies promoter activity.

直訳 セロトニン運搬蛋白(5-HTT)を制御している遺伝子の近位5’制御部位に変異が生じている人には、高ストレスに反応して生じる大うつ病がより多くみられると報告されている。

翻訳 セロトニン運搬蛋白(5-HTT)を制御している遺伝子に近位5’制御部位がある。ここに変異が生じている人には、高ストレスに反応して生じる大うつ病がより多くみられると報告されている。

(2-10)こんな報告もありますか。
5HTとは、セロトニンのことです。

This variant, in the 5-HTT gene–linked promoter region (5-HTTLPR), modifies promoter activity and is associated with lower transcriptional effciency of the 5-H7T gene, ultimately leading to fewer copies ofthe messenger RNA encoding the serotonin-transporter protein.23

翻訳 この変異は、5-HTT 遺伝子関連促進部位(5-HTTZJIR)で起こっており、促進活動を制御する。そして、5-HTT遺伝子の転写効率の低下と関係している。最終的にはセロトニン輸送蛋白のエンコードをしているメッセンジャーRNAの複写を少なくしてしまう。

(2-11)このレベルの研究になっています。

This lower-expressing variant may be associated with the amygdala-mediated hyperresponsiveness of young children to frightened or frightening faces that can facilitate encoding of painfu1 memories, leading to stress sensitivity in adulthood.24

翻訳 このようなセロトニン関係物質の産生低下は、驚かせられた顔あるいは驚かせようとする顔に扁桃体内側部過剰反応性を有する幼少児に見られ、そういった過剰反応性は苦痛な記憶のエンコードを促進する。そして成人後のストレス過敏性につながる。そのような可能性がある。

(2-12)そういう仮説だということです。may be associated with てすから、全然決定ではありません。

This variantis also associated with a reduction of serotonin function in response to maternal deprivation in non-human primates, an effect that persists into adulthood.25

翻訳 こうした変異体はまた、非ヒト霊長類における母親剥奪への反応としてみられるセロトニン機能の低下に関係している。その低下は成人しても続く。

(2-13)ライフ・イベントと脳機能の関連をなんとかして突き止めたいわけです。将来は、恋人に振られた時の脳損傷部位が写真に写るでしょうか。

An induced functional deficiency of the 5-HTT protein that is confined to the early postmatal period in mice results in altered behavior when they are grown, indicating possible changes in brain development that affect adult behavior. 26

翻訳 マウスで出生早期に限定される5-HTTの、誘導された機能的欠損は、結果として、成長した時の行動変化をもたらす。これは脳の発達における変化の可能性を示しており、それは大人の行動に影響する。

(2-14)ライフ・イベントが脳の発達を変えてしまう可能性。逆に、「にもかかわらず」変わらない部分もあるはずだ。個人的にはそこに期待している。

Brain imaging has identified numerous regions of altered structure or activity in the brain during major depression, suggesting disordered neurocir-cuitry in a variety ofstructures, such as the anterior and posterior cingulate cortex; the ventral, medial,and dorsolateral prefrontal cortex; the insula; the ventral striatum; the hippocampus; the medial thalamus; the amygdala; and the brain stem.17

翻訳 脳画像研究は大うつ病の場合の多くの領域の構造変化や活動変化を明らかにした。たとえば、前部および後部帯状回、腹側、内側、背側前頭前野、島葉、腹側線条体、海馬、内側視床、扁桃体、脳幹。

(2-15)まだまだ検討段階とみています。

These brain areas regulate emotional, cognitive, autonomic, sleep, and stress-response behaviors that are impaired in mood disorders.

翻訳 こうした脳の領域が制御しているのは、情緒、認知、自律神経、睡眠、ストレス反応行動であり、気分障害の際には障害される。

(2-16)脳の各領域について、機能分担がいわれるわけですが、それほど簡単ではないと思う。現在我々の考えているモデルとしては、普段つかっているPCのCPUとかメモリーとかだろうと思うが、あやしい。

Studies with the use of positron-emission tomography indicate a decrease in serotonin transporters as well as altered postsynaptic serotonin-receptor binding in many of the same brain regions, suggesting altered circuitry congruent with serotonin-system abnormalities.27

翻訳 PETを使った研究によれば、セロトニン運搬体は減少しており、同時に、脳の多くの部分でシナプス後セロトニン-レセプター吸着が変化しており、このことは、セロトニンシステムの先天性奇形と一致する回路変化を示唆している。

(2-17)まだまだ不確かな話です。

Last updated Mar 30, 2006 01:02:53 AM
Mar 28, 2006
うつ病の治療についてのNEJM総説2005を高校生と読む(1-2)

うつ病の治療についてのNEJM総説2005を高校生と読む(1-2)

Major depression affects 5 to 13 percent of medical outpatients, yet is often undiagnosed and untreated.
直訳 大うつ病は、医療機関の外来患者の5~13%を占めているが、未診断・未治療の患者がしばしば存在する。

翻訳 医療機関での外来患者に占める大うつ病の割合は5~13%であるが、未診断・未治療のケースがしばしば見受けられる。

(1-14)大うつ病で通院している人、プラス、他の病気、たとえば胃潰瘍や狭心症で通院している人が、実はうつ病にかかっていた場合、の合計で、5~13%というわけです。20人に一人から10人に一人と推定されています。大変な数です。

Moreover, it is often undertreated when correctly diagnosed.
直訳 更に、的確な診断を受けても不十分な治療しか受けない患者もよくあるケースだ。

翻訳 更に、的確な診断はされたものの、不十分な治療しか受けていない患者も多い。

(1-15)大うつ病患者全体の1/3しか治療を受けていないといわれています。これは自分がうつ病であることを、自分の精神的堕落、恥ずべきこと、やる気のなさ、最近ではマイナス思考のせい、などと思ってしまうからでしょう。やる気のなさとマイナス思考は大うつ病の結果です。治療すれば改善します。

The demographics of depression are impressive.
直訳 うつ病に関する統計は、印象的である。

翻訳 うつ病患者の統計には驚かされる。

(1-16)辞書には demography 人口統計学 demographics 人口動勢 などとあります。まあ、統計数字ですね。単数で学問の名前、形容詞にして複数にすると、研究の結果の統計数字のこととなるようです。impressive はここでは、あまりいい意味ではないですから、そのような日本語をあてたいですね。

Among persons both with major depressive disorder and bipolar disorder, 75 to 85 percent have recurrent episodes.
直訳 大うつ病並びに双極性障害(躁うつ病)患者を合わせると、75~85%が再発エピソードを体験しているのである。

翻訳 大うつ病並びに双極性障害(躁うつ病)患者の75~85%が再発エピソードを体験しているのである。

(1-17)これは皆さんの印象と一致していますか、それとも、意外ですか。意外ですよね。あんなに苦しんだのに、こんなにも多くの人が再発しているなんて。実際、患者さんは、寛解した直後は、二度となりたくないと思っています。しかし年月がたつと、やはり再発しているのです。
一応よくなったのは寛解 remission 、寛解期に悪化すれば再燃 relapse 。
本当に治ったのは回復 recovery 、回復後に悪化すれば再発 recurrence 。
recurrent episodes=recurrent episodes of major depression or mania

In addition, 10 to 30 percent of persons with a major depressive episode recover incompletely and have persistent, residual depressive symptoms, or dysthymia, a disorder with symptoms that are similar to those of major depression but last longer and are milder.
直訳 加えて、患者の10~30%は大うつエピソードが完治せず継続したり、うつの症状が残ったり、「気分変調障害」になったりしている。これは、大うつ病と類似の症状が長期かつ穏やかに続く疾患である。

翻訳 更に、患者の10~30%は大うつエピソードが完治せず継続したり、うつの症状が残ったり、「気分変調性障害」になったりしている。気分変調性障害は、大うつ病と類似の症状が長期かつ穏やかに続く疾患である。

(1-18)完全回復は難しいということです。これは性格傾向が関係しているだろうと推定されます。また、環境因子が関係していると推定されます。性格と環境が変わらなければ、再発しそうですよね。

Patients who have diabetes, epilepsy, or ischemic heart disease with concomitant major depression have poorer outcomes than do those without depression.
直訳 糖尿病、てんかん、あるいは虚血性心疾患患者が大うつ病を合併症として有する場合、その予後は合併症のない場合に比べ思わしくない。

翻訳 糖尿病、てんかん、あるいは虚血性心疾患患者が大うつ病を合併症として有する場合、その予後は合併症のない場合に比べ思わしくない。

(1-19)その点でも、大うつ病治療は大切です。たとえば虚血性心疾患患者はある種の喪失体験をしているわけですから。

The risk of death from suicide, accidents, heart disease, respiratory disorders, and stroke is higher among the depressed.
直訳 自殺、事故、心臓疾患、呼吸器系疾患、脳血管障害が死因となるリスクが、うつ病患では高い。

翻訳 うつ病では自殺、事故、心臓疾患、呼吸器系疾患、脳血管障害が死因となるリスクが高い。

(1-20)うつ病で自殺に注意するのは当然としても、事故、その他の身体疾患でも数多く死亡します。免疫系が不活発となり、身体の回復力が衰退することも一因でしょう。うつ病のときに免疫系が充分に働かないことはよく議論されます。

Effective treatment of depression may reduce mortality or improve the outcome after acute myocardial infraction or stroke and lower
the risk of suicide.
直訳 効果的なうつ病治療は死亡者を減らし、急性心筋梗塞、脳血管障害の予後を改善させ、脳血管障害と自殺のリスクを低減させることになるかもしれない。

翻訳 効果的なうつ病治療は死亡者を減らし、急性心筋梗塞ならびに脳血管障害の予後を改善し、自殺のリスクを低減させる。

(1-21)そういうわけで、効果的うつ病治療を工夫しています。

Last updated Mar 30, 2006 10:29:41 AM

うつ病の治療についてのNEJM総説2005を高校生と読む(1)

うつ病の治療についてのNEJM総説2005を高校生と読む(1)
以下で、
The New England Journal of Medicine
October 2005
掲載の論文
DRUG THERAPY:The Medical Management of Depression
を英語読解講座みたいに読んでいきます。

The New England Journal of Medicine は医学の世界では
トップジャーナル中のトップジャーナルです。
自然科学のネイチャーみたいなものでしょう。
精神医学や脳科学専門ではないので、最先端の発表というよりは、
かなり事実として確定された、確実で、学ぶべきことを
提供している感じがあります。
医学全般の雑誌なので、精神科関係が取り上げられる時は、
一般医に向けての啓蒙といった色彩になります。

本文
直訳
翻訳
解説
の順に並べます。
直訳部分は高校生のTさんにお願いしました。
たぶん、間違うと思いますが、それは読者の方々にとっても、
難しいところではないでしょうか。
最後に翻訳部分だけ並べて完成です。

では試しに啓蒙されてみましょう。

REVIEW ARTICLE
翻訳 総説

(1-1)この論文は、2005年の時点で、124の重要な論文を点検し、主要な論点を網羅的にまとめたものです。従って、解説そのものは素っ気なく、詳しいことを知りたい人は原論文にあたってくださいということになります。

DRUG THERAPY
薬物療法

The Medical Management of Depression
直訳 うつ病の医学的管理

翻訳 うつ病の医学的治療

J.John Mann M.D.
From the Department of Neuroscience,
New York State Psychiatric Institute-
Columbia University College of Physicians
and Surgeons, New York.

この人が著者。そして所属。

RECCURENT EPISODES OF MAJOR DEPRESSION, WHICH IS A COMMON and
serious illness, are called major depressive disorder;depressive episodes that occur in conjunction with manic episodes are called bipolar disorder.

直訳 大うつ病は普通に見られるもので、重篤な疾患である。大うつ病エピソードが反復するものは大うつ病と呼ばれる。うつ病エピソードに躁病エピソードを伴う場合には双極性障害(躁うつ病)と呼ばれる。

翻訳 大うつ病は普通に見られる(common)と言ってよいほど頻度の高い疾患で、しかも時に重症になる。大うつ病エピソードを反復する場合に大うつ病と呼ぶ。うつ病エピソードに躁病エピソードを伴う場合には双極性障害(躁うつ病)と呼ぶ。

(1-2)
depression うつ病
major depression 大うつ病
episodes of major depression 大うつ病エピソード
depressive episodes うつ病エピソード
bipolar disorder 双極性障害(つまり躁うつ病のこと)

(1-3)日本語では「大うつ病」という言葉は耳慣れないものだろう。まあ当然、「本格的なうつ病」といった程度の意味である。小うつ病(minor depression)があるかといえば、言葉としては使わない。depression(うつ)=major depression(長く深いうつ)+dysthymia(長いけどあまり深くないうつ)+normal depressive reaction(病気とは言えない落ち込み、短くて浅い)とひとまず簡単に考えておきましょう。「短くて深いうつ」もありそうですね。

(1-4)まず大枠から説明する。
精神病の分類については、アメリカの診断基準であるDSMやWHOの診断基準であるICDが有名である。(1)先天性のもの、たとえば先天性知能発達遅滞、(2)器質性のもの、たとえば脳血管障害、(3)中毒性のもの、たとえばアルコール症、(4)気分障害 mood disorder、たとえばうつ病 depression、(5)認知の障害、たとえば統合失調症 schizophrenia、などなどと分類される。

(1-5)ここですでに気づくように、異なったレベルの病因が混在している。原因によりまとめたもの、症状によりまとめたもの、など。
すっきりさせたいならば、もちろん、原因で分類したい。DNAが原因、外的物質が原因、後天性器質性疾患が原因、外傷が原因、老化が原因、などと押し切りたいところだが、ここでもすでに原因が混在してしまっている。外傷が老化を促進したりする。また、DNAに老化が重なり、さらに外的要因が重なって起こる場合などもあり、原因では分類しきれない。また、そもそも、原因不明の疾患の方が多い。DSMは原因を今後明らかにするために、統計資料を蓄積するための分類である。

(1-6)では方針を変えて、症状で分類できないかと考える。まず精神活動を分類して、思考、感情、知能、記憶、意識、知覚、意欲、さらには集団機能、行動統制、衝動制御なども考えることができる。そしてそれぞれの障害として病気を考えることができる。しかしすぐに行き詰まるのだが、何が人間の精神活動の構成要素であるのか、分解し尽くす方法がない。要素 element と見えたものが、他の要素の複合体であったりする。たとえば、感情がうつになると、記憶もはっきりしないし、意欲もなくなり、知覚も変化したりする。論理的に構成するには無理がある。

(1-7)行き詰まりを打開しようと、ある学者(クレペリン)は、原因でも症状でもなく、経過で分類しようと提案した。長期の経過で次第にレベルダウンするものと、すっかり元に戻るものとにまず分けようというわけだ。それは病気の本質を考える上でとても良い観点であったけれど、その人を死ぬまで観察しないと診断が確定しないというのでは、診断学とは言えないではないかと批判された。それもそうだ。

(1-8)そこで、ある程度寛容の精神を発揮して、現状で、多数決みたいに、まずまず合意できる線で暫定的に決めて、あとで少しずつ見直そうということになった。たとえば、同性愛という項目は、かつて病気であったが、現在は病気ではないとされている。

(1-8)そんなのがDSMなどの疾病分類、診断基準である。現在観察される症状で、分類できるだけ分類して、記録しておこうという精神である。たとえば、神経症は、ない。それは原因に言及しているから、不採用である。

(1-9)その中で、うつ病はどういう扱いかみてみよう。昔は躁うつ病、そのあとで感情病 affective disorder と呼ばれ、現在は気分障害 mood disorder と呼ばれている。
昔からメランコリーとかうつ病とか躁病は知られていた。ひとりの人が躁病になったり、うつ病になったりすることも知られていた。そこで躁うつ病と呼ばれた。躁うつ病のタイプとして、うつだけ繰り返すものをうつ病、性格傾向とも言える程度のものをメランコリーと呼んだ。しかし考えてみれば、それは感情の病気だろうということで感情病と呼ばれた。しかしながら感情というものはかなり高級で、もっと基底にある気分が問題なのだろうとの意見があって、現在では気分障害と呼んでいる。

(1-10)気分障害の下位分類としては、双極性障害 bipolar disorder 、大うつ病 major depression 、躁病 mania 、気分変調症 dysthymia などがある。双極性障害というなら単極性障害・うつ型、単極性障害・躁型と呼ぶべきなのだろうが、面倒なのでうつ病 depression 、躁病 mania と呼んでいる。躁病の軽いものを軽躁病 hypomania と呼ぶ。うつ病を大別して、重いものを大うつ病、軽くて長く続くものを気分変調症としている。軽くて短いものは病気ではない。短くて重いものはたいてい治ってしまっている。

(1-11)ここでやっと大うつ病の説明である。depression という言葉は英語では景気変動の言葉でもあるし、日常語の中で、 depressed などの形で使う。失恋したり、愛犬が死んだりすれば、depressed である。しかしそのことと、病気としての depression をどのように分けたらよいのだろう。昔ドイツでは生機的(Vitale)抑うつの概念などが言われた。哲学的すぎてアメリカ人には分からないらしい。現在では、DSMの診断基準に従って分類すれば、病気と、ライフイベントに対する反応を区別できるとしている。まず持続期間が違う点。さらには気分だけではなく、自律神経症状などの身体症状、たとえば、睡眠、食欲、性欲の異常がある点。また、認知症状、たとえば悲観的思考や注意集中困難などを伴う点。

長くなって大変なので次に行きます。

Major depressive disorder accounts for 4.4 percent of the total overall global disease
burden, a contribution similar to that of ischemic heart disease or diarrheal diseases.
直訳 大うつ病は、世界疾病負担(Global Burden of Disease:GBD)全体の4.4%を占めており、これは虚血性心疾患あるいは下痢疾患とほぼ同じ割合である。

翻訳 大うつ病は、世界疾病負担(Global Burden of Disease:GBD)全体の4.4%を占めており、これは虚血性心疾患あるいは下痢疾患とほぼ同じ割合である。

(1-12)the total overall global disease burden の部分が分かりにくいと思います。これは、WHOによる“Global Burden of Disease(病気のグローバルな損失)”という報告に含まれるもので、社会全体に対する各疾患の「経済的損失」を推定したものです。
—–
各疾患における「疾患によってもたらされた損失」(DALYsを用いて測定 単位:100万) と「トータルに対する割合」

虚血性心疾患 8.9 9.0%
うつ病 6.7 6.8%
循環器疾患 5.0 5.0%
飲酒 4.7 4.7%
交通事故 4.3 4.4%
肺癌&上気道の癌 3.0 3.0%
痴呆&中枢神経系の変性疾患 2.9 2.9%
変形性関節症 2.7 2.7%
糖尿病 2.4 2.4%
慢性閉塞性肺疾患 2.3 2.3%
—–
年度が違うようで数字に差がありますが、この統計では、うつ病による社会全体に対する経済的損失は全疾患の6.8%です。虚血性心疾患についで第2位。うつ病が社会全体にもたらす経済的損失はかなり大きなものと分かります。ついでですが、飲酒、交通事故が大きな負担になっているのも分かります。
ここでDALYs (障害調整余命年数)とは、世界疾病負担(Global Burden of Disease:GBD)研究の中で採用された考え方。世界銀行(WB) と世界保健機関(WHO)が関与した。GBD研究の目的は、1)集団の疾病および障害の負担を定量評価、 2)資源配分のための優先順位付け、とのこと。国ごとの疾病負担研究、環境起因の疾病負担研究など、研究は拡大。
経済的損失とは、まず、医療費。働けなくなった場合、家計の損失。労働力としての社会の損失。また、教育投資ができなくなり、次の世代に影響が及ぶ。栄養不全になり病気にかかりやすくなる。家族の医療費を負担できくなり、家族は重病になる。年金を払わない。医療保険に加入しない。さらに社会の悪習に染まる、など。

The prevalence of major depressive disorder in the United States is 5.4 to 8.9 percent and of bipolar disorder, 1.7 to 3.7 percent.
直訳 大うつ病患者数は、米国において5.4~8.9%、双極性障害(躁うつ病)患者数は1.7~3.7%である。

翻訳 米国における大うつ病患者の割合は5.4~8.9%、双極性障害(躁うつ病)は1.7%~3.7%と見込まれる。

(1-13)ここでは、ある瞬間に、米国の全人口の中で、大うつ病と診断される人の割合と思えばいいです。5%という数字はとても大きなものです。20人に一人です。疾病統計には、生涯有病率、発生率、罹病率などの表現があります。生涯有病率は、ある時点で全国民を調べ、過去または現在に大うつ病と診断される状態があったかどうかを調べ、そうした人の割合を計算します。

Last updated Apr 2, 2006 06:39:41 PM