認知(行動) 療法, 対人関係療法

Pro 9 .M ed .2 7 : 2 0 0 5~2 0 0 8 , 2 0 0 7
認知(行動) 療法, 対人関係療法
切池信夫
大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学教授

はじめに
うつ病の精神療法として, 軽症から中等症に対して
認知(行動) 療法と対人関係療法の有効性が検証されて
いる. そして, これらの治療法は薬物療法との併用に
ても効果がある. 本稿において, これらについて概説
する. そして最後に, 最近, 長期に抑うつが持続する
慢性うつ病に対して有効であるといわれている認知行
動分析システム精神療法について簡単に触れる.

認知(行動) 療法
認知行動療法(cognitive behavioral therapy : CBT )
は, 軽症から中等症のうつ痢の急性期, 継続期, 維持
期, さらには再発予防においても有効であるといわれ
ている. そして, 個人精神療法として開発されたが集
団療法でも行え, 最近ではコンピュータを用いた方法
も開発されている, この治療法は, 人間の認知のあり
方が感情や行動に影響し, 影響を受けた感情がさらに
認知や行動に影響を与えるといった悪循環を形成して,
うつ病を生じるという理解に基づいている. したがっ
て, この治療法は, 非適応的な認知のあり方に働きか
けてこれを適応的なものに変え, 問題への対処を援助
することによりうつや不安を改善するという, 短期の
構造化された精神療法である.
認知療法を創始したBeck 1,2) は, うつ病患者におい
て, ① 自己に対する否定的な考え, ②周囲に対する否
定的な考え, ③将来に対する否定的な考え, という否
定的認知の3 徴を認めた. そして, これらより生じる
歪んだ認知や思考を, 表層の自動思考と深層のスキー
マに分けた. 自動思考は, ある状況で自然に自動的に
生じる思考およびイメージを指し, スキーマは生まれ
もったものや過去の人生体験に基づき形成された患者
の基本的な人生観や人間観を反映した確信で, 本人に
は気づかれていない.
こうしたスキーマや自動思考により認知の歪みを生
じ, これが感情や行動に影響し, 自分自身に対する非
現実的な見方をして気分を悪化させ(うつ状態) , これ
がさらに非適応的な思考や行動を生じるという悪循環
に陥る.
認知療法は, この悪循環を断ち切るために認知過程
の歪みを修正する. これには否定的な自動思考やス
キーマを明確にし, この認知の歪みを検証し, これに
代わる柔軟性のある適応的な認知とスキーマを形成し,
これらを基に適応的な考え方や行動に習熟していき,
抑うつ症状を改善させる.
1 . 治療関係
認知療法における治療者と患者との関係は, 共同的
経験主義(collaborative empiricism) と呼ばれている.
患者の問題をともに協力して試行錯誤しながら解決し
ていくというスタイルをとるので, 患者と治療者との
間には信頼関係の確立と維持が特に重要である. 治療
者は, うつ病の認知モデルについてよく理解し, 療法
の訓練を受けている必要がある. そして治療者には,
温かさ, 共感, 正直さに加え, 協力と指導的役割が必
要である. 一方, 患者にも認知療法についての十分な
理解に加えて, この治療に対する高い動機づけと宿題
を行うという姿勢が求められる. 治療者は患者と患者
の抱える問題を十分に理解し, これを基に介入のため
の患者独自の最も効果的な目標を設定し, 最適な介入
法を選択する. そして治療者は, 患者に自ら答えをみ
つけ出していくような形の質問, いわゆるソクラテス
的問答をする. この中で治療者は, 患者が自分の意見
を述べやすい雰囲気を作り出す配慮も必要である.

2 . 治療の実際3)
まず患者の問題やストレスを同定する. これには1
枚の紙に思いつくものを列挙し, この中から重要で解
決可能な問題を解決する目標として優先順位を決める.
次いで非適応的な自動思考を, 「コラム法」にて柔軟で
適応的な思考法に変えていく. 「7 つのコラム法」では,
第1 のコラムには出来事が起きた状況, 第2 のコラム
にはそのとき生じた感情, 第3 のコラムにはそのとき
自然に浮かんだ考え( 自動思考) , 第4 のコラムにはこ
れを支持する根拠, 第5 のコラムにはこれの反証, 第
6 のコラムには自動思考に代わる柔軟で現実的な考え
(適応的思考) , 第7 のコラムには考え方を変えて気持
ちがどのように変化したかなどを書く. 治療者は適切
なアドバイスを与え, この作業が円滑に進むようにす
る. そして, 問題解決法の技法や自己主張訓練などを
試行する. さらに, 根元的前提であるスキーマや自動
思考, すなわち考え方の癖を修正していくよう指導す
る. これをホームワークの形で試行し, 標準的には週
1 回45分間, 12~16 回のセッションで行われる. これ
を時問制約のある一般診療の中で行うのは困難なので,
ホームワークとして実際の生活場面で行うよう指導す
るだけでも効果がある. 表1 に, うつ病患者によくみ
られる認知の歪み( 自動思考) を示した(具体的に知り
たい場合は文献3 参照) .

表1 よくみられる認知の歪み
1 ) 自己関連づけ(personalization )
悪い出来事をすべて自分の責任にする.
(例) 子どもが希望校に進めなかったのは, すべて自分の養教育が悪かったと思う
2 ) 二分割思考(dichotomous thinking)
常に白黒をはっきりさせ, 中問の灰色がない.
(例) 完全でないと失敗と考える.
3 ) 選択的抽出(selective abstraction)
自分が関心のある事柄にのみ目を向けて, そこから結論づける.
(例) 木をみて森をみず
4 ) 過大視(magnification ) 一過小視(minimization)
自分の関心のあることは人きくとらえ, 自分の考えや予測に合わない郡分はこと
さらに小さくみる.
(例) 自分は話べただと思っているため, スピーチがうまくいかなかったときばか
り思い出し, 内容が良いと褒められたことを取るに足らないことと思う.
5 ) 極端な一般化(overgeneralization)
少ない事実から一般化する.
(例) 2 回ほど続けて失敗すると, 自分の人生は失敗の連続だと考える.
6 ) 情緒的な理由づけ(emotional reasoning )
そのときの白分の感情から現実を判断するなど.
(例) 落ち込んでいるとき, すべての状況を希望のないものに思う.
7 ) 肯定的側面の否定(disqualifying the positive)
(例) 自分の大きな長所を否定して, たいしたことないと無視する.
8 )~ べき思考(should statements)
~すべき,~しなければならないと考える.
(例) 主婦は完璧に家事をこなし, 子どもを育てるべきだ.

対人関係療法
対人関係療法(interpersonal therapy : IPT) は, うつ
病は遺伝, 早期の人生体験, 環境, ストレス, 人格な
どが複雑に相互に絡み合い生じるという理解のもと,
現在の対人関係上の問題に焦点を当て, これを解決す
ることによりうつ病を改善するという短期の精神療法
である4).IPT は, 配偶者, 親, 恋人など, いわゆる重
要な他者(significant others) との対人関係に焦点を当
て, 過去でなく現在の直近の問題を扱う. その中で人
間関係の喪失, 社会的役割の喪失や変化, 社会的孤立,
社会技能の拙劣さなど, うつ状態の誘因となるような
対人関係要素を重視する. しかし, 患者のパーソナリ
ティは治療の課題としない.
1 . 治療関係
治療者は温かさ, 共感, 正直さに加え, 協力と教育
的な助言者としての役割が必要である. 治療者は楽観
的で支持的であり, 中立でなく患者の味方であるが,
友人ではない. 治療関係の中で退行を避け, 転移を扱
わない. 患者が治療者に依存的になり過ぎるのも避け
る. 患者には, この治療の導入により, 自分の対人関
係上の問題を見直そうとする動機づけが必要である.
2 . 治療の実際1)
IPT の治療目標は, 抑うつ症状の軽減と, 症状の発症
と関連した対人関係上の問題を扱う, 治療は大きく分
けて3 つの相に分かれている.
1 ) 初期のセッション( 1~4 回)
うつ病について話し, うつと対人関係の流れとを関
連づける. そして, 対人関係における中心的な問題領
域を同定する. そして, 対人関係療法の概念を説明し,
治療目標について合意を得て治療契約を結ぶ.
2 ) 中期のセッション( 4~6 回)
4 つの主要問題領域として,
①悲哀(grief) ,
② 対人関係における役割上の不和(interpersonal role dispute) ,
③役割の変化(role transition) ,
④対人関係の欠如(interpersonal deficit) ,
などがある.
「悲哀」は, 重要な他者の死による喪失後, 「喪の作
業」がうまく進まず, 異常な悲哀の感情となって抑う
つ症状を呈する. したがって, 失った人に対する感情
を素直に表現させ, それに対する過大または過小の価
値評価を是正して, 正当な関係に再構築し直すことに
よって, 新しい人間関係を築いたり活動を始めたりで
きるようにする.
「対人関係における役割上の不和」は, 対人関係の中
でお互いが相手に期待する役割にずれがあり, これに
より生じる問題が解決しない状態をいう. そして, 不
和の程度に応じて, ①お互いがずれに気づいていて積
極的に解決しようとしている「再交渉」の段階, ② お互
いがずれに気づいているか, それを解決する努力を諦
めて沈黙している「行き詰まり」の段階, ③お互いのず
れが取り返しのつかないところまできている「離別」の
段階, の3 段階に分けられている, そして, 各段階に
プライマリケアにおけるうつ病診療の実際
応じた治療を行う.
①の再交渉の段階に対しては, 関係者たちの気持ち
を落ち着かせて問題解決を促すよう援助し, ② の行き
詰まりに対しては, 相手に対する思いやりやずれを明
確にして, 再交渉が可能な状態になるよう援助する.
そして, ③の離別では, 別れが適切に行われるよう喪
の作業がうまく進むよう助ける.
「役割の変化」は, 妊娠や出産などの生物学的な形で
生じる場合と, 入学, 卒業, 就職, 昇進, 退職, 結婚,
離婚など社会的な形で生じる場合があり, それぞれに
おける対人関係上の問題を治療の対象とする. 新旧の
役割の良い面と悪い面について吟味し, バランスのと
れた見方ができ, 新しい役割に伴う困難な問題の同定
と解決を助け, 古い役割から新しい役割に速やかに適
応できるよう援助する.
「対人関係の欠如」は, 満足すべき対人関係をもてな
い場合や破綻している場合に生じる対人関係上の問題
に焦点を当てる. このタイプの問題が一番難しく, 問
題を解決するというより人間関係をもとうとするよう
援助する方が妥当といわれている. 過去における重要
な人問関係や現在での特徴的な対人関係のパターンを
同定し, これを改善していくよう援助する.
3 ) 終結セッション( 2~4 回)
治療の終了について話し合い, 終了は悲哀のときに
なる可能性のあること, そして患者が1 人立ちできる
という認識をもてるようにする. すなわち, 患者が治
療外での生活をうまくやっていけるよう援助すること
が治療目標であることを強調して伝える.
その他, 特殊技法として探索的技法, 感情表現の奨
励, 明確化, コミュニケーション分析などがある(詳細
は文献4 を参照) .

認知行動分析システム精神療法
認知行動分析システム精神療法(cognitive behavioral analysis system of psychotherapy:CBA SP) は,
入院するほどでないが抑うつ症状が数年にわたり持続
し, 完全には改善しない慢性うつ病のために, 臨床実
践の中で練り上げられた精神療法である5) . ここでい
う慢性うつ病は, DSM -Ⅳに照らすと,
①大うつ病性障害(慢性) , ②気分変調性障害, ③気分
変調性障害が先行した大うつ病性障害, ④大うつ病性
障害(部分寛解) , ⑤大うつ病性障害(反復性) , エピ
ソードの間欠期に完全回復を伴わないものに相当し,
抑うつ症状が2 年間以上続いている.
1 . 治療について
この治療法は, 人生早期の対人関係の学習が現在の
対人関係に不適応的に働き, 自己主張できず受身的,
服従的, 無力で苦渋に満ちた人生状況により症状を生
じ, 現在の治療者一患者関係の中で自己主張的な態度
に修正していき, 自信にあふれ, うつ気分から解放さ
れた状況に変化させていく. 治療の手順として, 治ら
ない, 変わらないと諦めている患者に対して変化への
動機づけを行い, それを強化する戦略, 状況分析, 状
況分析の修正段階, 治療者一患者関係の中で過去の対
人関係を修正していくこと, 治療効果の判定などより
なっている.