根津美術館

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短歌について検索してみると以下のようだ

なれなれて見しはなこりの春そとも

なとしら河の花の下かけ
-飛鳥井雅経 新古今1456-
いつもその場所にあったのに
あの時見た春が最後の別れになると
どうして気づかなかったのだろう…
蹴鞠の名手でもあった飛鳥井雅経
毎年のように訪れていた最勝寺の蹴鞠の庭の四方にあった桜の古木が倒れ
異なる木に植え替えられたときに詠んだ句。
ーーーーー
なれなれて見しはなごりの春ぞともなどしら川の花の下かげ(新古1456)
【通釈】すっかり馴れ親しんで来て、あの時見たのが最後の別れとなる春だったと、どうして気づかなかったものか。白河の花の下陰で…。
【語釈】◇最勝寺 京都東山、白河にあった寺。鳥羽天皇勅願寺。◇鞠のかかり 蹴鞠の庭の四方に植えてある木。◇しら川 洛東白河。「知らざりき」の「しら」を掛ける。
【補記】最勝寺の蹴鞠場の四隅に植えていた桜の古木が風に倒れた由聞いて、別の木を移植させた時、自ら見に行き、毎春その場に立ち慣れたことを思い出して詠んだという歌。作者は蹴鞠の名手。
【他出】自讃歌、明日香井集、続歌仙落書、新三十六人撰、撰集抄、歌枕名寄、太平記
【主な派生歌】
なれなれて見しはなごりのふることもさすがに花の春は忘れず(飛鳥井雅康)
わたしなどは
しら川 洛東白河。「知らざりき」の「しら」を掛ける。という解説を読んで
んーー
と思い
硯箱の趣向も
んーー
という感じで
やはり洗練された趣味の人にはかなわない

この凡庸でこぢんまりしていて変なだじゃれもありという様子が
実は偉大なのだ