ミンスキー 心の社会

抜粋して紹介すれば以下の感じ。個人的には予測と検証のプロセスについてヒントが欲しい。

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ミンスキーのいっている発達というのは, 知識が増えていくというよりは,むしろ知識をコントロールするための知識が増えていくというふうに考えたほうがいい。

ミンスキーの考え方というのは, ひとつひとつの単語がコントローラーになっているというもの。ひとつひとつがエージェントの役割をしていると考える。いわば何かの情報処理を実行するプロセスの役割を担っていると考える。

特に重要なことは, T H E …… と読むと, この単語の意味だけではなくて, 次に何がくるかということを予測( ミンスキーは期待といっています) する, 例えば, T H E のあとには名詞がくるだろう, そういうことが, T H E を読んだ時点でわかってしまう。

期待という考え方は, 視覚系においても成り立つということを, ミンスキーは強調しています。例えば, 立方体の箱を見る。そのときに, それを回転させたときにどういうふうに見え方が変わるだとか, あるいは自分が動いていくと見え方がどう変わるかということを我々は動かなくても予想することができる。それがわかるためには, 何かを期待できるための知識をもっていなければならない。そういうことと, さっきのT H E のあとに何がくるかという知識をもっていることは, 枠組みとしては同じことであるというふうに考える。従って「期待」ということができるためには, 相当量の知識をかなり構造化してもっていなければならない。

フレームというのは, 例えば大きな四角いものがある, というだけでは何だかよくわからないが, そこが教室であるとわかれば, 黒板であるということがわかる。教室に関するフレーム構造の知識をもっていれば, その中にこういう夕イプの四角いものがあれば, それは黒板であろう,そういう期待をもつことができる。こういう考え方をします。

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このフレームに相当する部分はかなり高度な状況判断で、
「状況意味」と呼んだりする。

どのようにして形成されるのか、どのようにして壊れるのか、よく分かっていないが、とても大切なものだろうということは繰り返し言われている。

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脳と精神の医学第3 巻第3 号1992 年7 月
『心の社会』( ミンスキー) をめぐって
安西祐一郎
1990 年10 月26 日に開催された第8 回
M I N D S 研究会(東京, 全共連ビル) において,
マーヴィン・ミンスキーの著書, 「心の社会」
(安西祐一郎訳, 1990 年産業図書刊) に関して,
訳者自身による解説, 論評がおこなわれるとい
う貴重な講演が行われた。その記録をここで紹
介する。
演者安西祐一郎教授は1969 年, 慶応義塾大
学工学部を卒業, 1981 年カーネギーメロン大
学助教授, 1985 年北海道大学文学部助教授を
歴任, 1988 年より慶応義塾大学理工学部教授
(電気工学科) の現職にある。
本講演会を開催したM I N D S 研究会(世話
人: 中村道彦, 丹羽真一, 豊嶋良一。事務局:
埼玉医大精神科) は分裂病の情報処理障害をテ
ーマとする集会であるが, 神経生理学, 認知心
理学とニューラルネットワークの情報処理とい
う三つの領域が重なりあった分野に関心を向け
ている。この分野は将来, おそらく二十一世紀
には, 精神医学のための基礎科学として, 大き
く精神医学に貢献するとおもわれる。こうした
背景があって, コンピュータサイエンスと認知
心理学の分野での日本の第一人者である安西祐
一郎教授の講演がもたれた次第である。なお記
録中に誤りがあるとすれば, 編者豊嶋良一の
責任であることを, おことわりしておく。

1 . 心の情報処理モデル
3つのアプローチ
『心の社会』の原題は, The Society of Mind
といいます。心の情報処理モデルを作ろうという
試みというのは, コンピュータサイエンスが
1930 年代から40 年代にかけて勃興して以来の,
計算機関係, 特にソフトウエア関係の人たちの夢
だったわけです。1950 年代に,その夢に対して
「人工知能」という名前がつけられまして, それ
からその分野はいままで三十年以上それなりに発
展してきたわけです。
非常に大きく分けて三つのアプローチがあると
思います。ひとつは, サーチということ。これは
精神医学関係の方にはまだあまり関心がもたれて
いないかも知れませんが, サーチというのは, 意
識的な思考をするとき, 例えば人間が何かの問題
を解くときに答えを見つようとすると, 必ず, こ
うじゃないか, ああじゃないか, と一種の探索み
たいなことをします。その探索を基本的な概念と
して, その探索のメカニズムをコンピュータの上
に実現する, そういうアプローチがあります。
こういうと非常に簡単一試行錯誤をコンピュー
タでやるのは簡単なことですからーに思われるか
もしれませんが, これのまわりに多くのいろんな
概念が形成されて, ひとつの大きなジャンルを作
っているわけです。これで有名なのは, カーネギ
ーメロン大学のハーバート・サイモンという方で
す。サイモンさんは人間の意思決定の探索モデル
でもってノーペル経済学賞を1978 年に受賞され
ております。そのくらい大きなひとつの分野にな
っているということです。
二番目は, ロジック。これは論理学からモデル
を考えるというアプローチです。たとえば, スタ
ンフォード大学にジョン・マッカーシーという人
がいて, この人が形式論理学を用いて心のいろん
な機能を表現しようという試みを三十年以上にわ
たってつづけております。また, 第五世代コンピ
ュータプロジェクトという, 日本の通産省の十年
間のプロジェクトでは, 人工知能のシステムを,
このロジックをベースにして作ろうとしています。
例えば, P が真であってP→Q が真であれば, Q
は真である。これは論理学の推論規則ですけれど
も, こういう論理学の規則を使って, 人間の知能
のモデルを作ろうという試みが, どのくらい難し
いものであるかということはちょっと想像すれば
おわかりいただけると思います。数学関係の非常
に頭のよろしい方々が一所懸命やっている分野で
あります。
三番目が, 精神医学にも関係してくるネットワ
ークの考え方です。これを神経に近いレベルでい
いますと, いわゆるこューラルネットワークとい
うのがあります。例えば, 小脳の運動学習機構と
いうのが, パーセプトロンといわれる神経回路網
のモデルでもって近似できるというようなことが
わかってきているわけです。その他のさまざまな
ニューロンのシステム, ニューロンひとつではな
くてニューラルネットワークの機能がどういうも
のであるかということを情報処理モデルによって
あきらかにしたい。これがニューロコンピューテ
ィングといわれている分野のひとつの流れです。
これは, 心, つまり脳の情報処理モデルをネット
ワークの概念によって明らかにしたいというひと
つのアプローチです。

2 . エージェント
心のモデルの基本
ところが, 例えばプルキンエ細胞がどうしたと
かがわかったからといって, 人間の知能がわかる
わけではありません。認知心理学でいま応用分野
になっているのは, 学校の学習, 教育の問題です。
例えば, 小学生の算数の応用問題を考えてみて,
りんごが五個あります, 梨が三個あります。全部
でいくつありますか, というような問題がありま
すね。こういう問題を人間がどうやって解くのか,
ということを考えたときに, 神経回路網で考えて
いたのでは, ほとんど何もわからない。そうしま
すと, 神経回路網ではなくて, もうひとつ上のレ
ベルの, 心のレベルの何らかのモデルが必要です。
サーチとかロジックというのは, 心のレベルの
モデルなんですが, ネットワークという概念につ
いても, 心の情報処理モデルというのを考えるこ
とはできる。いろんなノードがあって, その間が
結合している。そのノードとその間の結合関係で
もって心の情報処理機能を説明したい, こういう
考え方が出てくるわけであります。
これがこのミンスキーの心のモデル, 「心の社
会」という考え方です。
例えば, 神経回路網風に言うと, 興奮性のコネ
クションや抑制性のコネクションがあります。こ
ういうことを考えたということになるわけですが,
心の情報処理ということを考えると, このノード
がいったい何をやっているか, あるいは, この結
合が何をやっているか, ということが非常に大き
な問題になってくる。ノードがひとつのニューロ
ンに対応するようなことしかできないとしたら,
これで心の情報処理モデルを表すには, おそらく
莫大なモデルにならざるを得ない。そう考えると,
ひとつのノードというのは, 心のモデルを考える
時には, かなりの情報処理機能がないと困るとい
うことになる。これが「心の社会」のなかでいわ
れている, エージェントになるわけです。
エージェント, つまり代理人。ひとつの擬人的
なメタファーなんですけれども, かなりのいろん
なことができる能力をもったノードをエージェン
トと呼ぶ。
それから, エージェントの集まりを考えていく
ことにします。ただ, 心の社会というミンスキー
のモデルの特徴というのは, このエージェントが
心をもっていない, ということなんです。これが
全くの擬人的なメタファーとしてこのエージェン
トを一人の人間と考えてしまうと, この中に心が
あって, ここにまたエージェントがいっぱいある,
ということになってきます。これは当然, 哲学で
昔から知られている無限後退, 心のなかの小人と
いう話です。心のなかで何かを見ているときに,
心の中に小人がいて, それが見ているという考え
方をすると, その小人のなかの心ということを考
えていかなければいけないから, 無限後退に陥る,
という矛盾があるわけですけれども, そういうこ
とと同じことになってしまいます。
ミンスキーは一元論に近い考え方です。心をも
っていない, かなり単純だけれどもニューロンよ
りははるかに複雑な機能をもったある小さな情報
処理システムを考えて, それをエージェントと名
付けるわけです。けれども, この心をもっていな
いエージェントたちが非常にたくさん集まると,
我々が外から見ていて心の機能だと思えるものが
発現してくる。ですから, 心というのはエージェ
ントたちの集まりによって発現してくるエマージ
ェントプロパティーである, といえます。
心の機能というのは, 何かひとつ, 例えば, 精
神科で問題になる「自己というもの」が心の中に
存在しているのではなくて, いろんなエージェン
トたちのお互い関係しあった活動によって現れて
くる何かが自己として我々に認識されている, と
いう考え方をするわけです。
3 いろいろな心理機能とエージェント
心の情報処理モデルをネットワーク的な考え方
で作っていこうというアプローチの親玉がミンス
キーという人なんです。このあいだ, 日本国際賞
というのをもらった人で, M I T に人工知能研究
所と, メディアラボラトリーというのがあり, そ
この教授をしている人です。
心の情報処理モデルを考えようとしたときに,
いろんなやり方があるわけですが, 心の機能の一
部分, 例えば, 言語なら言語というのを取り出し
て, 言語のモデルというのを考えていく。あるい
は, 記憶のモデルというのを考えていく。記憶だ
って, もちろん中にはショートタームの記憶と口
ングタームの記憶といろいろあるわけですが, そ
の一部分だけを取り出してそのモデルを考えてい
く, というのが普通のやり方だと思います。とこ
ろが, ミンスキーのソサエティ・マインドモデル
というのは, 心のいろんな機能を包括的に取り扱
えるような, 非常にグローバルなモデルを考えて
いるわけです。そういうことをしようと思うと,
ものすごくたくさんの機能を扱わなければならな
い。
例えば, 自己, 個性, アイデンティティーとい
うような人格心理学的問題, それだけではなくて,
例えば, 問題と目標一認知心理学では問題解決と
いわれている分野ですがー, そういうことも当然
扱わなければいけないし, あるいは記憶, 空間の
認識, 意味の学習, 意識, 感情など, コンピュー
タの人工知能をやっている人たちではほとんど誰
もやっていない問題も扱います。発達, 推論, 言
語の問題も扱います。特に言語の問題を扱うとき
に, 例えば, コンピュータに日本語の文章を入力
して, その意味を理解させようとしたときに, 何
が大きな問題になるかというと, 文脈とあいまい
さです。例えば, 道案内をするロボットを作りた
いときに, 永田町の駅にはどう行けばいいのです
か, とロボットに訊ねたとき, その文の意味を口
ボットが理解するには, ロボットとしてはどうい
うメカニズムをもっていなければいけないか。い
ろいろありますが, ひとつには, どういう場面で
もってそういうことが言われているかということ
が, 意味を理解するのに非常に大切になります。
それが文脈ということです。言葉というのは意味
があいまいである, というのが本質的なんですが,
そういうことも考えなければならない。
それから, ちょっと特殊な言葉がでてきます。
例えば, エージェントと他のエージェントがどう
いうふうにコミュニケートするのかを考えたとき
に, いろんなやり方がある。例えば, あるエージ
ェントは決まりきった情報を常に他のエージェン
卜に与えるということをする。そういうエージェ
ントに名前がつけられていて, 「ノーム」と呼ば
れていますが, こういうのは全部ミンスキーの造
語です。このノームがさらになんとかノームとい
う風にいろいろ名付けられています。エージェン
トのコミュニケーションの仕方, エージェントの
扱う情報によって, いろんな言葉を定義して, そ
れでモデルを作っていくわけです。
それから, 検閲エージェント。これは「センサ
ー」です。センサーというのは, フロイトが検閲
機能という言葉で使ったのと似たようなことです。
あるエージェントの働きを別のエージェントが抑
制するような働きができるようになっている。そ
のときに他のエージェントを抑制するようなエー
ジヱントのことを, センサー(検閲エージェン
ト) というふうにいっています。ジョークという
のはフロイトもずいぶん研究したものだと思いま
す。「ジョークというのはどういう役割をもって
いるのか」ということを検閲エージェントの働き
でもって説明しようということです。こういうこ
とは, いわゆるロジックの人工知能とか, そうい
う分野では全く扱われていない問題です。
あとは, 比喩の問題。例えば, 二歳くらいの子
供でも, 丸い財布があったとして, その財布を食
べる格好をして, 僕ハンバーガー食べちゃうんだ
よ, と言うことがあります。これはひとつの比喩
です。そういう比喩の使用は相当早くから発現す
るわけです。比喩の役割はどういうものであるか。
ミンスキーは, 比喩の役割を非常に重視している,
と言えると思います。
ミンスキーの『心の社会』は三十章あって, 各
章だいたい八つとか十個くらいの節に分かれてい
まして, それがすべて1 ページになっていて, 見
やすくなっています。実はそれは, 各ページが工
ージェントになっているというメタファーを使っ
ているわけです。一頁を読んだのでは, 心のこと
は何も書いていない。エージェントが心をもって
いないのと同じように, 一頁読んだのでは, 心に
ついて何もわからないけれど, 全体を眺めると,
心になっている一一こういうモデルになっていて,
そういう比喩を使って本にしてあるわけです。こ
の本は節の数が370 くらいあります。非常に大雑
把にいって, エージェントが370 個くらいあって,
その間がいろいろに関係づけられていて, これ全
体で心の社会のモデルになっている, そういう本
です。
4 . 階層的になったエージェント
複雑な機能を保証
この本の内容の中心をなすのはエージェントと
は何者か, ということです。よく我々が使う言葉
で『積木の世界』というのがあります。これは,
例えば, 生理の人や病理の人が細菌とか, ニュー
ロンとか, 非常に小さなものを使って, 一般的な
論理を生みだすのと同じように, 人工知能をやっ
ている人は, 現実の世界を使うよりも, 人工的な
非常に簡単な世界でもって, そこで知能というの
がどう働いているかということを研究するわけな
んです。そこで典型的につかわれるのが「積木の
世界」です。世の中に積木しかない, 積木を, 例
えば, ロボットが場所から場所へ移すにはどうし
たらいいか, というようなことを考えるわけです。
バラバラになった積木を積み重ねるという問題
を考えてみます。そういう問題をやるのに, ビル
ダーといいますが, 積木を積む, そういうエージ
ェントを考えます。この作り屋さんが積木を積む
ためにはどういうエージェントを働かさなければ
いけないか。「はじめる」, 「加える」, 「終わる」
一何か仕事を始めるためのエージェントと, 積木
を加えていくためのエージェントと, 終わるため
のエージェントー, この三つがなければならない。
この三つを働かせないといけない。こういうふう
に, エージェントというのはこれはものすごく
簡単な例で, 本当はもっと複雑ですがー, 階層的
な構造になっている。上のレベルのエージェント
と下のレベルのエージェントがいる。それが重要
です。
この「加える」というエージェントだけをとっ
てみても, その下がさらに分かれていて, 例えば,
積木を見つけて, それから手に持って, それから
置く, と分けることができる。手にもつ, という
のにも, その下に, つかむとか, 持ち上げる, と
かに分けることができる。手の下の「つかむ」と
いうエージェントが働くためには, 筋肉がどうい
うふうに働かなけれぱならないか。「つかむ」た
めには, 人間の場合, 指の筋肉を動かすためのエ
ージェントが別々に必要で, さらに筋肉と関節と
を協調的に制御するシステムが必要です。そうい
うふうにどんどん階層的にこまかくなっていきま
すが, ひとつひとつのエージェントをとってみる
と, 心の全体の機能とは全然関係がない。例えば,
指の関節を動かすだけ, そういうような小さな働
きしかしない。そのいちばん下のほうは特に小さ
なはたらきしかしない。上になるに従って, 例え
ば, 作り屋, ビルダーというエージェントという
のは, これはかなり大きな, 積木を積むという仕
事をする, こう考えるわけです。
階層的になったエージェントは, エージェント
全体でもって積木を積むという仕事をしているわ
けです。この仕事の機能に注目したときに, この
エージェントの集まりに「エージェンシー」とい
う名前をつけます。エージェンシーというのは,
エージェントという個別的なものではなく, エー
ジェントの集まりが何かの機能を代表していると
きに, その機能のことをエージェンシーといいま
す。
構造としてはこれだけのことで, エージェント
の中身が何かということは, その個々の機能に依
存しているわけです。エージェントとエージェン
トの間の結合, これはもちろん神経の結合ではな
く, 機能が関係しているということです。機能の
関係というのは, これもメタファーですが, コミ
ュニケーションという言い方をして, エージェン
ト間のコミュニケーションをとっているという考
え方を使います。
これが基本的な心の社会の考え方で, 非常に簡
単な考え方だと思われるようですが, こういうモ
デルでもってロボットを作ろうとすると, すべて
をプログラムでもってロボットに入れておかなけ
ればならないのですから, たいへんなわけです。
プログラムは「作り屋」がやることをいちいち細
かくやらなければならないのですから。
5コンピュータサイエンスヘの影響
ちょっと脱線しますが, ミンスキーの心の社会
の考え方というのは, エージェントがたくさんい
て, その間のコミュニケーションがとられている,
そういう情報処理モデルを考えたときに, 個々の
エージェントとか, 個々のコミュニケーションは
非常に簡単なんだけれども, それ全体の動きを見
ていると, 非常に複雑。これだけのことを, コン
ピュータサイエンスのほうに取り出したモデルを
マルチエージェントシステム, あるいはマルチエ
ージェントモデルといいまして, これはコンピュ
ータサイエンスのほうの今最先端の話題になって
います。これはやはりミンスキーのこの考え方か
ら出発して, それをコンピュータサイエンスのほ
うで洗練させているわけです。「心の社会」とい
う本はコンピュータのほうでも大きな流れの源流
になっています。
コンピュータのほうではネットワークシステム
というのが流行していまして, 例えば, いろいろ
な研究施設にコンピュータがバラバラに置いてあ
る場合, それらをネットワークで結んで, 情報交
換が自在にできるようになっています。そういう
システムを計算モデルとして考えるときには, ひ
とつひとつのコンピュータをエージェントと考え
て, その間のコミュニケーションを考えればいい
わけで, それはマルチエージェントシステムでも
ってモデル化することはできる。これがコンピュ
ータサイエンスの最近の流れです。
さきほど, サイモンさんがノーベル賞をとった
といいましたが, サイモンさんのサーチモデルと
いうのは, ひとつのシステム, ひとつのエージェ
ントが試行錯誤的な探索をするモデルになってい
ます。だからこれは, サーチメタファーです。こ
れに対してミンスキーの考え方, あるいは分散的
なエージェント間のコミュニケーションというモ
デルのことを, ソサエティメタファーといってい
ます。だから, 脳とか心のモデルという意味だけ
ではなく, コンピュータネットワークの分野でも
ソサエティという考え方が出てきています。組織
論的な社会学者とかの考えを取り込もうという動
きがずいぶん出てきています。
6 記憶
この本では記憶の問題をこのモデルでもって,
どう片づけるかについてもふれています。記憶と
いうのはコンピュータだと普通は, アドレスとデ
ータとあって, アドレスを何番地と指定すると,
データがここに入っている。これがたくさん並ん
でいる, これがノイマン型コンピュータの記憶で
す。ミンスキーのモデルでは, 記憶というのをも
っと分散的なモデルでもって扱う。どういう記憶
の仕方を考えるか比喩的に言うと, 例えば自転車
の修理の仕方を記憶するというとき。手に赤いペ
ンキを塗りたくってしまって, それで自転車を修
理すれば, 修理した部分は触ったときにすべて赤
いペンキが付く。これを頭の中に写し替えて考え
ると, 何かを記憶しようとしたときに考えた(意
識的に考えなくても記憶は残りますが) ときに,
いろんな情報を使ったり, いろんなエージェント
を使ったりするわけです。使われた小さなエージ
ェントたちにみんな赤いマークが付く。ある仕事
をしたときに, どのエージェントを使ったか, マ
ークしておく。するとマトリックスができるわけ
です。このマトリックスのことをK ライン( K
はk n ow l ed g e , 知識のK ) という。これもミン
スキーの造語です。こういう形でもって記憶がな
されるというふうに考えます。
これもずいぶん簡単だと思われるかもしれませ
んが, 例えば, 同じ仕事を二回やったときにどう
いうふうに強化されるかとか, どういうふうに検
索されるかとか, そういうことは別に考えなけれ
ばいけない。K ラインというのは, 心の社会の
理論のなかでもかなり重要な概念になっています。
これもちょっと脱線ですが, このK ラインと
いう考え方を使ってこれまでとは全く違ったコン
ピュータを作ろうということがM I T で行われま
した。演算装置が六万台以上のコンピュータとい
うのが作られました。コネクションマシンという
名前ですが, それは日本では今一台しかありませ
ん。そのコンピュータのもとの考えになったのが
このK ラインです。
記憶に関しては, 工学屋ですと, 入力と格納,
記憶データの保持, 検索(出力) , こういうこと
を考えるわけですが, 心理屋は, たとえれば, 保
持されているときに, 記憶の性質はどう変わるか,
そういうことも考えなければならない。特に認知
心理学のほうで問題になるのは, 「忘却」という
現象です。忘却が物理的なものなのか, それとも,
他の情報が入ってくることによってインターフェ
レンス(干渉) が起こって検索できなくなるとい
うことなのか, これはずいぶん議論があって, 私
は両方だと思いますが, インターフェレンスとい
う考え方のほうがむしろ強いかと思います。忘却
を心の社会のモデルの上で実現する。そうすると,
やはり, インターフェレンスの考え方でいくわけ
です。
あるところがマークされる, ということは, 何
かの情報が記憶されたということです。別の情報
が記憶されると, その上にかぶせてまたマークさ
れてしまう。そのときに, ( ここがミンスキーら
しいところなんですが) , もちろんかぶせて, 赤
の上に青を塗ったから青になってしまった, とい
うそういう簡単なことではなくて, 今までにマー
クされたエージェントと, それから新たにマーク
されるエージェントの間にコンフリクト, 「争い」
が起こる。赤と青とどちらが勝つか, そういうこ
とです。この争いのメカニズム自体を神経科学的
にいっているわけではないのですが, エージェン
ト同士の争い, それから妥協, という考え方をし
ます。
例えば, エージェント同士を仮に抑制性の結合
で全部結ぶと, どこかのエージェントが優勢にな
ると, 抑制性ですから, ここが活性化されればさ
れるほど, 他が抑制されますから, 他が負けてく
る, ということになります。こういうメカニズム
を利用するわけです。
7 . 発達
ミンスキーは発達に関する節のなかで, ピアジ
エに言及してまして, ピアジエの有名な量の保存
に関する実験, つまり, 高さの違う二つのコップ
に同じ水量を入れておいて, どっちが水が多いで
すか, と聞くと, 高いほうをいう。これは, まだ
発達段階にあり量の保存ができない状態, 成長す
ると, ちゃんと言えるようになる, という劇的な
実験結果をピアジェが出しましたが, これは結局
高さという次元と, 幅とか広さという次元の, ど
っちを優先するか, その優先順位がほぼ生得的に
決められているからと説明しています。
そうすると, そこに高い, というのと, 細い,
という次元があり, どっちの次元を優先するかと
いうことになります。どっちを優先するか, とい
うことが, どっちも優先しないとなればいいので
すが, それがないと, どちらかを優先してしまう
ことになります。それが小さい子供の場合である
わけです。発達というのは, マネージメント, 管
理エージェントがその間に入ってくる, それを発
達であると考えるわけです。どっちも優先しない
ように管理する。それが挿入されるのです。これ
をひとつの例として, ミンスキーのいっている発
達というのは, 知識が増えていくというよりは,
むしろ知識をコントロールするための知識が増え
ていくというふうに考えたほうがいい。管理エー
ジェントというのがそのひとつの現れだというわ
けです。ミンスキーはそれをパパートの原理とい
っています。パパートというのはそれを言い出し
たM I T の先生の名前です。
エージェントの間の通信機構みたいなもの, そ
れをコントロールするためのエージェントが発達
するというのが, 発達のいちばん大事なところで
す。これをもうちょっと一般化して考えると, コ
ントロールとか, プロセスという概念です。こう
いう概念は, 神経生理学からは出てきにくい考え
方です。なぜなら, この概念は時間に関係したダ
イナミックな概念であり, 見ていて見えるもので
はないからです。つまりまったくの仮説的なもの
で, こういう概念でもって現象を見れば, 説明で
きるということだけです。ひとつの時間的なメカ
ニズムがどういうふうに発現してくるのかという
ことをみつけるのは非常に難しい。メカニズムを
明らかにするのは, やはりコントロールとかプロ
セスという概念が大事になってくる。
エージェントというのは, ネットワークのひと
つのノードというよりは, ひとつのプロセスと考
えるほうが適切です。エージェントが動いて, 実
際なにかの情報処理を実行するということが重要
です。
言葉の例。ミンスキーの考え方というのは, ひ
とつひとつの単語がコントローラーになっている
というもの。ひとつひとつがエージェントの役割
をしていると考える。いわば何かの情報処理を実
行するプロセスの役割を担っていると考える。例
えば, T H E …… というのを読んだとき, T H E
というのが定冠詞だということがわかるのではな
く, T H E というのは, 何か特定のものをさす意
味をもっているから, T H E のあとには何がくる
べきかとか, そういうことを推測するとか, そう
いう情報処理を実行するのがT H E という単語で
あると考える。特に重要なことは, T H E …… と
読むと, この単語の意味だけではなくて, 次に何
がくるかということを予測( ミンスキーは期待と
いっています) する, 例えば, T H E のあとには
名詞がくるだろう, そういうことが, T H E を読
んだ時点でわかってしまう。
8 . フレーム
構造化された知識
期待という考え方は, 視覚系においても成り立
つということを, ミンスキーは強調しています。
例えば, 立方体の箱を見る。そのときに, それを
回転させたときにどういうふうに見え方が変わる
だとか, あるいは自分が動いていくと見え方がど
う変わるかということを我々は動かなくても予想
することができる。それがわかるためには, 何か
を期待できるための知識をもっていなければなら
ない。そういうことと, さっきのT H E のあとに
何がくるかという知識をもっていることは, 枠組
みとしては同じことであるというふうに考える。
従って「期待」ということができるためには, 相
当量の知識をかなり構造化してもっていなければ
ならない。その構造化された知識, あるいは知識
の構造のことを, ミンスキーの言葉でフレームと
いいます。フレームというのは, 例えば大きな四
角いものがある, というだけでは何だかよくわか
らないが, そこが教室であるとわかれば, 黒板で
あるということがわかる。教室に関するフレーム
構造の知識をもっていれば, その中にこういう夕
イプの四角いものがあれば, それは黒板であろう,
そういう期待をもつことができる。こういう考え
方をします。
フレームの考え方というのは1975 年にミンス
キーが出したものです。いまは人工知能のシステ
ムで, フレーム的な知識構造をもっていないもの
のほうが珍しいくらいです。
非常にたくさんのエージェントを非常にうまく
結合して, 他のエージェントを抑制する検閲エー
ジェントや自分との結合を抑制する抑制エージェ
ントでコントロールがなされています。エージェ
ントというのは, もともと機能に関する概念であ
って, 物理的な構造の概念ではありませんが, 八
つのエージェントを立方体の頂点に置いて, 六十
四個のエージェントができる。その64 個のエー
ジェントをさらに立方体の頂点に置いたものを考
えていくと, どんどん何度も繰り返していくと
6̃ 10 回で十億くらいはすぐいってしまう。だか
ら, 割りにコンパクトな結合関係でもって十億の
エージェントを構造化することができる。全部が
全部につながっているとしたら, その結合は莫大
なものになるが, ミンスキーの考え方というのは,
エージェントの塊があったら, その塊から別の塊
との間の結合というのはかなり粗である, という
ものです。
9 . 心のモデルをめざして
埋めるべきギャップ
さらにミンスキーが書いているのは, こういう
構造はどういうふうに進化してきたかということ
です。脳の構造はおりたたみ構造をもっていて,
その間の結合関係を理解することは可能である。
はじめはエージェントたちの塊はそれほど多くは
なかったけれど, 折りたたまれると, 近くの結合
ができるようになる。そういうことが結合を非常
に複雑に進化させてきたのではないかと言ってい
ます。
心の社会のモデルというのは, 一番結びつきや
すい生理学の仮説, 当然機能局在論になります。
つまり, ひとつひとつの細かい機能をエージェン
シーみたいなものと見なせば, いまの話がダイレ
クトに結ぴっくのではないか, と考えます。ただ,
それはちょっと飛躍があり, まだ神経生理学の機
能局在仮説というのは, かなり細かいレベルの話
になっています。機能局在でよくわかっているの
は, 神経生理のほうだと, 視覚系の機能というの
はかなり判っているわけです, 視覚第一次野あた
りの構造というのはかなり判ってきていると思い
ますが, 今日の話と視覚系の細かいところの話に
はずいぶん飛躍があると考えられる。ミンスキー
の話というのは, 意識がどうしたとか, 感情がど
うしたとか, そういうかなりハイレベルな話をし
ていまして, 細かいところの話というのは「心の
社会」にはほとんど何も書いてありません。
ところが, レペルという考え方がまた別にあっ
て, エージェントの階層の下のほうでは, 視覚系
の局在化されたいろいろな機能を考えることがで
きて, それをうまく階層にして積み上げていけば,
あるところで「見え」( あるいは形態の概念的な
理解, これがリンゴだとかいう) というものが現
れてきて, それがさらに「期待」に結びついてい
て, それで実際に我々が空間を認識しているとき
の空間の理解ということになってくるのではない
かと思われます。
ミンスキーの本では, 神経生理の非常にハイレ
ベルのところと, 今の心の社会の非常にローレベ
ルのところのギャップは埋められていない。ここ
をどう埋めるかということが, これからのひとつ
の課題と考えられます。これが埋まれぱ, もしか
したら脳と心というのがある程度結びついてくる
かもしれない。まだまだここにはギャップがあり
すぎて, その結果ミンスキーの心の社会論という
のは, 神経生理からすると, 単なるお話に過ぎな
い。ただ, ミンスキーはもちろんそういうことは
知っていてやっているので, いずれは自分の考え
ているエージェントという概念の範躊に, いま神
経生理でやられているようなモデルが入ってくる
だろうということは考えの中に入っているだろう
と思われます。
もうひとつは, 機能局在ということになると,
どこかの部位が壊れるとどういう症状が起きるか
という問題になる。これについては, ミンスキー
はほとんど何もいっていません。これも, 難しい
のは, 何か障害を受けた人の行動が, ある局部的
な損傷だけでもっておこってきているものなのか
どうなのか, これは実はよく判らないわけです。
心の社会論でも, エージェントたちの間の結合関
係というのは非常に複雑で, ひとつのエージェン
トの機能が低下したときに, 他のエージェントに
どういう影響があるかというと, これはいちがい
には言えないことです。ただネットワークの絵を
かいて, ひとつが消えたから残りはどうなる, と
いう話ではすまない, もっと深い部分で考えてい
かないといけないと思います。